MIMOな世界 時空を操る高速無線技術

次世代の携帯電話や無線LANなどをはじめとする高速無線通信では、複数の送信アンテナと複数の受信アンテナを使うMIMO(マイモ)の技術が使われます。

高速化と過密化が同時進行

図1:デジタル信号の高速化手段

図1:デジタル信号の高速化手段

デジタル無線通信の世界では、高速化と過密化が同時に進行しています。無線による新たなデジタル通信アプリケーションが次々と現れるいっぽうで、文字情報から画像や音声・楽曲情報へ、そして動画さらに高精細な動画へとデータの容量が飛躍的に増しているからです。

近年、過密化する周波数空間を有効に利用して高速通信を実現するための手段としてMIMO(Multiple Input Multiple Output:マイモ)の技術開発が進みました。実際、次世代携帯電話(HSDPAやUMTS-LTE)、WiMAX(IEEE 802.16および同802.16e)など新規のアプリケーションでは、こぞってMIMOを採用しています。速度もIEEE802.11n規格の無線LANで100Mbpsと確かに高速です。

デジタル信号の高速化手段

無線でも有線でも、デジタル信号をより高速に受け渡すには、幾つかの方法があります。<図1>

第一は、クロックアップして転送レートを上げる単純な方法です。しかしながら、レートを上げれば同時に帯域も拡がりますし、高速になれば前後のデジタル処理にも難しさが増します。

第二の手段は、多値化です。1とゼロだけでなく間の値も使うことで情報量を増やします。例えば16QAMでは、1シンボルで4ビットを送ります。ただし、多値化では、値の数を増やすのにあわせてS/N(信号対雑音比)も高くしなければなりません。

転送レートとバンド幅、それにS/Nとの関係は下に示すシャノン(Shannon)の定理としてよく知られています。

C = Bw log2(1+S/N)[bit/s]
C :通信容量 [bit/s]  S:信号電力[W]
Bw:帯域幅   [Hz]     N:雑音電力[W]

シャノンの定理からは、様々な結論が導かれますが、例えばビットレートを2倍にするにはバンド幅を2倍にするかS/Nを2倍つまり6dB向上させなければならないことが分かります。

パラレル転送を無線で実現

高速化の第三の手段はパラレル転送、即ち並列化です。1本の線で送るよりも2本、2本よりも4本でやりとりすれば、1本毎の速度は変わらなくても全体として高速になるからです。

無線によるパラレル転送を可能にした技術のひとつにOFDM(直交周波数分割多重)があります。OFDMでは互いに干渉しない周波数列の各々にビットを割り当ててパラレル転送を実現しています。

他方、無線によるパラレル転送において、送受間に介在する空間と時間をそれまでとは別の見方で捉えたのがMIMOです。MIMOでは送信と受信の双方に複数のアンテナを使います。MIMOでは空間とアンテナの数を中心に考えるため、アンテナの入り口つまり送信側が入力(Input)で、受信側が出力(Output)になります。この呼び方を通常の無線システムに当てはめると、送受にアンテナは1本ずつですからSISO(Single Input Single Output)システムということになります。また、送信側だけあるいは受信側だけを複数アンテナにしたSIMOやMISOも考えることができます。さらに、複数の受信者に対して送信するMIMO-MU(Multi User)も想定できます。<図2>

図2:MIMO(Multiple Input Multiple Output)の基本概念

図2:MIMO(Multiple Input Multiple Output)の基本概念

なお、ここで言うアンテナの数はスタック(stack)やアレー(alley)など合成アンテナにおける数を意味するものではなく、それぞれが個別の送受信機能を持ちます。

ちなみに、数はいくつでもかまいません。例えば、携帯電話の場合、電話機側に多数のアンテナを搭載するのは難しいので、基地局側のアンテナの方の数を多くします。

マルチパス・フェージング

MIMOは送受に複数のアンテナを配置することでパラレル転送を可能にするわけですが、単にパラレル信号を同時送受信したのでは混信するだけです。 MIMOでは送信アンテナから受信アンテナに至る経路を時間と空間の次元で捉え、それらで起こる問題を逆に利用します。宇宙空間でもない限り、送信アンテナから受信アンテナに至るまでには、様々な建物や地形が存在します。このため、実際の電波は反射や減衰を繰り返して受信アンテナに到達します。

図3:マルチパス

図3:マルチパス

さらに携帯電話のような移動体通信ではこれらの状況は刻々と変化します。受信地点では複数の経路(Multi-pass)から到達した電波が干渉し合い、受信パワーや周波数特性が変動するマルチパス・フェージング(Phasing)として観測されます。<図3>

一般の無線通信(SISO)ではフェージングは有害なものでしかありません。しかしながら、各到来電波には、それぞれが送信側からの情報が乗っているわけですから、それらを個々に取り出して上手く再合成できれば、単純に受信するよりも高いS/Nが得られるはずです。

図4:CDMAのレイク受信

図4:CDMAのレイク受信

この考えに基づいたのがダイバシティ(Diversity)受信です。ダイバシティには幾つもの方式があり、例えばCDMA方式の携帯電話ではレイク(rake:熊手)受信と言って1本のアンテナで遅延の異なる(時間のずれた)信号を受信・再合成してダイバシティを実現しています。<図4>

空間ダイバシティ

図5:MIMOの伝達特性

図5:MIMOの伝達特性

MIMOはこれをさらに一歩すすめたもので空間ダイバシティと呼ばれます。ちなみに、他のダイバシティや変調方式と競合するものではなく、組み合わせて使うことができます。

MIMOでは複数の電波が発射され複数で受信されます。それぞれの経路が無相関、つまり互いに全く影響されないとすれば、チャネル数が増えたのと同じですから完全なパラレル転送が可能です。ですが、ほとんどの場合はひとつの送信アンテナから出た電波は複数の受信アンテナに、複数の送信アンテナから出た電波がひとつの受信アンテナに到達します。<図5>

したがって、送受間の関係はマトリクス(多元方程式)で表現されます。その意味では完全なパラレル転送とはならず、N個のアンテナでN倍の性能向上が直接的に得られるわけではありません。

しかしながら、MIMOでは送受の双方で電波の到達具合(チャネル特性)を把握して、それぞれのアンテナから送り出す送信データを最適化したりパワーの分配率を調節したり、受信側でもこれに対応することができます。実際には受信側だけの調節も可能です。

ダイバシティとして複数の情報を再合成し最終結果を得ることができ、さらにそれぞれの情報を刻々と変化する時空状態に合わせて動的に最適化できるわけです。これにより、総合的な通信品質(S/N)が向上します。フェージングによる品質の劣化も抑えられるので、移動体通信にも適します。 MIMOではパラレル化した事による性能向上とダイバシティによる質の向上という二つのメリットがあるわけで、最終的には二つの利得が総合されて高速化が実現されます。通常は前者を「空間多重化利得」後者を「ダイバシティ利得」として評価します。

HSDPA:High Speed Downlink Packet Access
UMTS-LTE:Universal Mobile Telecommunications System-Long Term Evolution
WiMAX:Worldwide Interoperability of Microwave Access
OFDM: Orthogonal Frequency Division Multiplexing