アナログ無線回路をデジタル並みに小さく作ろう


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アナログ無線回路をデジタル並みに小さく作ろう

「まだバッテリーを使わなければならないが、できればバッテリーレスを目指したい」
いわゆるエネルギーハーベスタ技術である。

新しいワイヤレス応用の時代を切り拓く高速・高周波技術を研究、産業界とも協力

設計・試作したチップのRF特性を測定する

携帯電話や無線LAN、GPS、Bluetooth、ZigBeeネットワーク、ワイヤレスUSBなどワイヤレス技術が重要になってくる。
しかし、1台の携帯機器にさまざまな無線技術を搭載すると回路面積が大きくなるばかりか消費電力も増大してしまう。
デジタル回路並みに微細化することにより、チップ面積を小さくしコストを下げ、消費電力を下げられないものか。
東京工業大学の石原 昇教授は、同大学統合大学院ソリューション研究Green ICT(プロジェクトリーダー、益 一哉教授)の中で、無線回路を小さくする研究を行っている。

東京工業大学統合研究院
石原 昇 特任教授

東京工業大学統合研究院 石原 昇 特任教授

「1個の基本回路ですべての無線に使えるRF(高周波)回路を生み出すことが夢」。石原昇教授は、デジタル回路は微細化でどんどん小さくなるのに、アナログ回路はコイル(インダクタ)などの受動部品を使うため小さくならない、ことに苛立っていた。アナログ回路もデジタル並みに微細化して小さくなれば、もっと安くなり消費電力は下がり、性能は上がるはずだ。もちろん、消費電力が下がると電池は長持ちする。良いことづくめだ。

どんな無線にも使える共通のRFチップとなると、コストは大幅に下がる。大量生産できるからだ。今のRFIDとは違う応用が生まれる。どのような商品にもRFチップが付くようになり、本にも服にも付けられれば、盗難を防げるばかりか、仮に盗まれたとしても今どこにあるかがわかる。無線によってコンテンツをダウンロードできる携帯ツールは山のように出てくる。腕時計にニュースを流すこともできる。人体の体温・血圧・心拍などを医者が患者を常にモニターすることもできる。

同教授は、回路の研究だけでは終わらない。実際にモノを作って実験している。さもなければ机上の空論に終わり、産業界に役に立たないことにつながる。新しい応用の一つとして、企業の協力により小型のPH(ペーハー)センサーを使い、その測定値を無線で送り、受信機でデータを受け、コンピュータでデータ処理する、といった一連の実験を行っている。具体例としては、人間の口内のPHを常時測定できるワイヤレスシステムがある。人間の口内を満たす唾液のPHはだいたい7程度だという。ジュースなどの甘い飲料を飲むとPHは4くらいに下がる。健康な人間はそのあと元の7に戻るわけだが、その戻りが遅いと虫歯になりやすい体質かもしれない。これを常時モニターすることで、虫歯ができる仕組みの解明に役立てるとしている。このPHセンサーは、家畜の健康状態を管理したり、湖や池に浮かべて水質を常時監視したりするモニターにも使える。

アナログフロントエンドの専門家

石原教授はもともとNTT電気通信研究所において、光通信・衛星通信・携帯無線のアナログフロントエンド回路について研究してきた無線回路のエキスパートだ。回路をチップに焼き付けるだけではなく、チップを使ったモジュールも組み立て、回路の性能を評価してきた。その後、母校の群馬大学大学院工学研究科で無線の集積回路の設計教育環境を立ち上げるため、4年間学生を教えた。群馬大学は、アナログ回路が強かったルネサステクノロジの高崎工場の近くにあり、アナログを強化するためのプロジェクトを持っている。

今、取り組んでいるアナログ無線回路の微細化はかなり難しかった。無線回路の特にコイル(インダクタ)はスペックが決まると大きさが決まってしまうため小さくしにくい。何とかコイルを使わずに無線回路を作れないか、そしてデジタル回路と同じCMOSでアナログ回路を作ろうと考えた。CMOSは180nmから130nm、90nm、65nm、45nmと微細化ができるうえに、信号振幅をフルに使える。一般には微細化とともに電源電圧が下がるとノイズに弱くなるため、フルスイングするCMOSデバイスが求められている。

加えて、アナログはアプリケーションごとに回路を組まなくてはならなかった。高周波回路ではコイルやコンデンサを使って共振させ、送受信できる狭い周波数帯域が決まっていた。「もし、電波の帯域が広ければさまざまな用途に一つの基本回路だけで送受信できるようになる」。同教授はこう考え、広帯域アンプを目指した。

CMOSインバータ構成をベースにした広帯域アンプは、従来バイポーラ回路で作られていたCherry-Hooper回路をCMOSで構成した。これだけでは抵抗による帰還がかかっているだけにすぎないが、さらにCMOSインバータ構成によるアクティブ帰還回路を設けた。このアクティブ帰還をかけると高周波ではトランジスタの寄生容量が効いてくるために位相が回り込み、負帰還から正帰還がかかるようになる。これまでの周波数特性では高周波領域だと利得が落ちてきたが、正帰還がかかるため高周波領域で利得が上がり帯域を伸ばすことができるという訳だ。

さらにヘテロダイン受信機に必要な局部発振回路でもCMOSを使うわけだが、従来はコイルとコンデンサの共振回路で発振させていた。前にも述べたようにコイルは使いたくない。そこでリング発振器を使うことにした。しかし特性を見ると位相雑音が多い。そこで、デジタル回路でよく使われている水晶発振器によるインジェクションロッキングをかけることにした。実験では20~30dB程度も位相雑音が下がった。

この無線回路チップにはバッテリーからの電圧を変換するLDO(low drop out)電源回路も搭載している。電源トランジスタは微細化する必要はないため、ゲート長をインバータCMOSの2倍にするなど、総合的な知識が必要になる。

試作したCMOSのローノイズアンプは、予想以上の結果を得た。180nmCMOSでは電源電圧1.8V、帯域が0~4.9GHz、消費電力が30.6mW、利得が30.6dB、ノイズ3.5~4.7dB、回路面積0.0067mm2だったが、90nmのチップでは電源電圧1.0Vで帯域は0~6.8GHzと広がり、消費電力は14.5mWと半減し、利得はやや減少したものの18.0dB、ノイズは同等の3.0~5.5dB、回路面積は半分以下の0.0032mm2であった。

シリコンのICを設計

同教授のグループでは、考えた高周波の無線回路をシリコンチップに焼き付けて実証するため、EDAツールによるIC設計も行っている。デザインルールは、180nmから始め、90nm、65nm、45nmへと微細化していく。実際のシリコンに焼き付けるプロセスは、製造専門の外部ファウンドリに依頼する。今のところ、台湾のTSMCに依頼して90nmのチップを製造してもらった。最先端では65nmのRF回路もVDECやe-Shuttleなどを通して依頼するわけだが、すでに依頼中で11月中ごろまでには出来上がってくる予定だという。

設計するだけではなく、「実際に物を作って回路技術を実証する」(同教授)ことが重要だとする。45nmプロセスはまだシャトルサービスが入手できないため、製造してくれるファウンドリを探しているという。

RF回路設計に向けたプラットフォームを構築する計画だが、将来はLSI設計だけではなくモジュールレベルとか、筐体レベルとか統合的な設計もやっていかなければならないと考えている。これも大手企業と一緒にプラットフォームの構築を始めようかというところまで来ているという。

光ファイバ、銅線、無線、基本は同じ

光ファイバの送受信回路も無線回路、銅線回路も基本はみな同じだという。だから、通信用の回路を無線電波でも光ファイバでもイーサーネットケーブルでも同じような考え方で設計できるようにしたいという。これができれば基本回路をせいぜい小変更するだけでどの方式にでも対応できるようになる。

例えば光ファイバの送受信システムは、光はレーザーで送りフォトダイオードで受ける。これが無線回路のアンテナに相当する。光はデジタルの強度変調で光が強いか弱いかだけで1,0を区別するため、本質的に帯域は広い。送信側はレーザードライバでレーザーを駆動して光を送り、出た光を受信してデータを増幅して、1,0を識別する。

無線は帯域が狭い中でデジタル情報を載せるというやり方をしているため、デジタル情報を直流から高周波まで広げてあげればいい。帯域を広げるという意味で光と電波との違いは少ないと言う。

広がる無線機器

今後、共通の1チップ無線回路ができると、携帯電話もスマートフォンもスマートブックも同じ1チップだけで実現できるだけではなく、将来のソフトウエア無線、コグニティブ無線にも使える可能性がある。グローバル携帯の範囲が広がるだけではなく、これまで無線回路を付けられなかったMP-3プレーヤーやデジカメにも無線回路が載るようになる。応用範囲は広い。

PHセンサーに無線回路をつなぎ、水質検査に生かす

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