肢体不自由者向けの読書支援ロボット


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肢体不自由者向けの読書支援ロボット

肢体に障害を持つ方に福音、自分のペースで読書ができる

1960 年の創業以来、電気計測器の製造を生業(なりわい)にしてきた西澤電機計器製作所は、21 世紀に入り経営の第2 の柱を立てるため、医療・健康・福祉の分野に進出することを決めた。新分野への進出を決定づける最初の製品が、肢体不自由者向けの読書支援ロボットである「自動ページめくり器」だった。この機器が、2008 年12 月に経済産業省主催の「今年のロボット」大賞2008 で最優秀中小・ベンチャー企業賞(中小企業庁長官賞)を受賞した。

(写真左:西澤電機計器製作所 西澤泰輔社長)

自動ページめくり器「ブックタイム」

この自動ページめくり器、「ブックタイム」(図1)は本を手に持って読めないような肢体不自由な障害者向けに開発された機器である。開発した同社西澤泰輔社長の元に1 通のメールが届いた。「私の妻は平成7 年夏、クルマを運転し停車したところトラックに追突されて負傷し、頸椎損傷の障害を受けてしまいました。(・・省略)思考、会話は元気だった当時と全く変わることはありませんでした。ですが指の屈折機能は全廃です。(・・省略)今はこのページめくり器のおかげで、ビッグ押しボタンスイッチ一つで快適な読書環境が作り出されています」。この「ブックタイム」を購入して使っている方のご主人からのメールだ。

この「ブックタイム」は、筋ジストロフィー症やALS(筋萎縮性側索硬化症)などの肢体不自由者のニーズにぴったり合った、読書を手助けしてくれる機器である。介護者の手を煩わせることはない。障害者が自分のペースで本を読むことができる。障害者の自立を促すという意味で福祉機器の一つである。西澤社長は、こういった医療・健康・福祉の機器ブランドをLIVE+PLUS と名付けた。

図1 : 自動ページめくり器「ブックタイム」

ブックタイム

3種類のめくり方を用意

「ブックタイム」は介護者が本をセットする必要はあるが、その後は障害者が自分で自分のペースでページをめくることができる。ページをめくるという入力動作には3 通りある。通常の押しボタンスイッチ(右めくりと左めくりの2 つ)、メールをくれた方のご家族が使っている大きな押しボタンスイッチ、口に加えて操作するマウススティック、そして呼吸スイッチである。呼吸スイッチは息を吸う、息を吐くという二つの動作で右めくり、左めくりを操作する場合と、息を吐くと右ボタンと左ボタンがそれぞれ数秒ずつ点滅し、好きな方を選ぶ場合とがある。

入力動作を増やしたのは、あとで述べる産学官の研究会で実際の肢体不自由な方にあらかじめ使ってもらい、その感想・意見を取り入れた結果である。手足の筋肉が病気で動かず口からの呼吸しかできない方は、呼吸スイッチを使う。わずかながら手が動く方は大きな押しボタンスイッチを使う。さまざまな症状の肢体不自由な方が読書を楽しめるようにするため、入力方法を取り揃えた。

設置できる本のサイズはA4 変形の雑誌サイズから文庫本まで対応する。ただし本の厚さは3cm まで。あまりにも分厚い本は対応できない。本体の価格は33 万円プラス消費税である。

経産省の呼びかけと思惑が一致

電気計測器を製造販売してきた西澤電機がなぜ、自動ページめくり器の開発を考えついたか。西澤社長は、地元の信州大学繊維学部機能機械学科の中沢教授の研究室を訪ねた。大学が研究しているシーズでメーカーが作れるものは何かないかと探していた。中沢教授(現在は名誉教授)は、肢体不自由者が読書するためのページをめくる機器を開発したらどうか、と答えた。これを開発しようということを決めた。

当時2000 年ごろは、長野県が産学官の共同プロジェクトをやろうという機運が盛り上がっていた時期だった。大学での研究成果を製品化しよう、という意気込みを持っていた。

ちょうどそのころ、経済産業省も産学官の共同研究を行おうとしていた。西澤電機はこれに乗っかった。研究会には、信州大学の中沢教授が座長を務め、西澤電機のほかに北里大学、早稲田大学(横浜リハビリセンターの研究者)、長野県工業技術総合センター、長野県テクノ財団などが参加し、長野県テクノ財団の浅間テクノポリス地域センター(AREC 内)に「あさま福祉機器開発研究会」を設立した。さらに、医療関係者、肢体不自由者、福祉機器デザイナーなども加わった。2002 年1 月に産学官の研究会が始まった。 2002 年5月に、財団法人テクノエイド協会からの福祉用具開発助成金の交付決定があり、開発に弾みがついた。

西澤電機は試作機を開発し、その研究会で評価してもらった。研究会内の肢体不自由者に使ってもらい、その意見・感想を自社にフィードバックし、その試作機を改良しさらに新型の試作機を開発した。6回も試作・改善を繰り返した挙句、完成したのが2005 年。この年に発売した。

めくる「指」の設計に苦労

最も苦労したのは、何といっても1 枚のページだけを分離する技術。ページをめくる指に相当するスライディングフィンガーと呼ぶ部分にノウハウがある。開発した小林英敏技術部長によると、当初はゴムラバーの付いたローラーを回す方式をとったが、ローラーを紙面に付けたり離したりするため、スペースを取りコンパクトに作製できなかった。

(写真左:自動ページめくり器の開発を指揮した、小林英敏技術部長)

最初に研究していた信州大学は、紙とローラーとの摩擦力を利用して紙を座屈させることによる紙の1枚分離動作を追求していた。

何度かの試行錯誤を繰り返したあと、1 本のアーム(スライディングフィンガー)の先端にシリコンラバーを取り付けた機構のものがコンパクトにしかも確実にページをめくることができた。(図2)摩擦力の大きな材料としてシリコーン系ゴムを探した。このスライディングフィンガー機構部は特許申請中だという。

このスライディングフィンガーで1 枚の紙をずらし、下の紙にめくりのアームを挿入し、本のページを抑えている爪を本のページから放し、めくりアームを左右のページに渡ってクルマのワイパーのようにスキャンする。ページをめくったら再びページを抑える爪がページを支える。こういった一連のシーケンスはタイムチャートを作りマイコンで制御する。それぞれの動作ではフォトセンサーによる一連の動作の検出、アナログ回路を通じ、アクチュエータを動かす。このアナログ回路においても西澤電機が開発した。

図2 : ページをめくるアームである「スライディングフィンガー」

スライディングフィンガー

米国など海外売上が7割

これまで累計で100 台強を出荷した。購入者の7 割が個人で、残りが介護施設などの施設や病院である。地域別に見ると、7 割が海外向けだという。米国ミネソタ州に総代理店を設け、そこから米国内はもちろん、欧州11 カ国にも出荷する。社員数わずか63名の地方の会社が米国へモノを販売しているのだ。これを成し遂げるため、まずジェトロ(日本貿易振興機構)の協力を得て米国の代理店を探した。

西澤社長と営業担当は2007 年1 月に米国へ飛び、その代理店と交渉した。2 ヵ月後の3 月、米国における福祉機器の展示会CSUNで実物を展示した。代理店となるべき企業にも訪問し、米国の弁護士とも相談した上で契約書を作成、サインを交わした。結局、その代理店を海外の総代理店として欧州にも売るように仕掛けた。

米国での売上比率が大きいのにはわけがある。欧米には補助制度があり、医者が患者に必要な機器だと認めれば機器購入の補助金が得られる。米国では保険で助成金がおりる。欧州だと自己負担は全くないとしている。障害を持つ人たちへの助成金が充実している海外の売上比率が大きいのは当然の結果ともいえる。

日本ではこういった肢体不自由な障害者への助成金制度がまだ出来ていない。こういった支援が早くできてほしいと西澤社長は願う。