初の道産衛星HIT-SAT


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初の道産衛星HIT-SAT

宇宙への夢

2006年9月23日、産学連携による初の道産衛星「HIT-SAT」が打ち上げに成功した。12cm立方、重量2.7kgの超小型衛星。プロジェクトリーダーの北海道工業大学電気電子工学科助教授・佐鳥新さんは「まだ高校入試に受かった程度のもの。今回は短期間に開発し打ち上げることによって宇宙開発の経験知を増やすことが目的。その点で意義は大きい」と語る。

今回の成功を踏まえ、2009年にはいよいよ実用衛星を打ち上げる計画だ。衛星開発ベンチャーの社長でもある佐鳥さんに、宇宙への夢とものづくりについて聞いた。

民主導の新しい宇宙産業創造へ夢を乗せた超小型衛星が成功

北海道工業大学助教授 佐鳥 新さん

北海道工業大学助教授 佐鳥 新さん

「HIT-SAT」(ヒットサット)は、佐鳥さんがリーダーを務める産学連携の宇宙産業創造プロジェクトが開発した初の「道産衛星」。2006年9月23日午前6時36分、鹿児島県・内之浦宇宙空間観測所からM-Vロケット7号機のサブペイロードとして打ち上げられた。

主衛星であるSOLAR-B(太陽観測衛星)の分離後の6時50分に宇宙空間に放出され、7時42分にHIT-SATからのCW(モールス信号によるコールサイン)を受信したとの第一報がフロリダのアマチュア無線家から入り、15時36分には北海道工業大学(道工大)の地上局でもHIT-SATからの強いCW信号を受信して、打ち上げ成功を確認した。国内での超小型衛星としては東京大学、東京工業大学に続く3番目の成功である。

「これで次のステップに行けると、ホッとしました。ただ、HIT-SATと類似の軌道に存在する物体が10個ほどあり、ドップラー効果で電波が受信できたりできなかったりで、HIT-SATが特定できない。一番受信しやすいのがHIT-SATのはずなので、多くの大学にも協力してもらい、NORADのデータなどを基に一つずつ絞り込み、1週間後に特定できました」

NORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)は米国とカナダが共同で運営する国家機関。スペースデブリ(宇宙ゴミ)などを24時間体制で監視しており、対象にしている10cm以上の大きさの宇宙ゴミだけでも1万個近くある。特定作業の繁雑さが想像できようというものだ。

「打ち上げ成功は確認したものの、どうなるか分からないので、当初は全員が張り詰めた状態で朝5時から夕方5時まで1日に4、5回受信していました。朝5時から受信するためには、各人自宅を朝3時頃には出て、1時間前にはスタンバイしていなくてはならない。緊張と寝不足で、1週間に一人ずつ倒れていきましたね」と佐鳥さんは笑う。

HIT-SATは北海道工業大学の英文名「Hokkaido Institute of Technology」の略称HITと、衛星Satelliteから命名しており、スポンサーである道工大同窓会に因む。開発母体の宇宙産業創造プロジェクトは「民主導の新しい宇宙産業を創出」を目的に佐鳥さんが北海道の有志と共に2003年4月に立ち上げた。宇宙産業創造プロジェクトは重量50kg程度の小型衛星による宇宙ビジネスの創造を目的にしているが、それを実現するにはHIT-SATは超小型。理由は、初めから目標とする大きさの衛星を打ち上げるにはハードルが高く、資金的にも、ロケットの手配も難しいから。HIT-SATクラスなら、世界中を探せば打ち上げのチャンスは比較的あるという。

宇宙研での知識や経験を活かし北大や地元企業と連携して開発

HIT-SATのミッションは、電源系の充放電サイクルに伴う軌道上での劣化評価、熱設計の軌道上での評価、衛星分離機構の機能確認、衛星通信の基礎データ取得、搭載コンピュータ(CPU)の宇宙放射線による誤作動確率の評価、3軸姿勢制御実験など、多彩である。

これらのミッションを実現させるべく、HIT-SATは道工大を中心に産学連携で開発された。具体的には通信系を道工大の教授や博士課程学生、姿勢制御系を北海道大学(北大)の助手、熱・構造系を北大の助手や地元企業、電気系全般を道工大の学生と地元企業がそれぞれ担当した。企業のエンジニアたちはいずれもボランティアで「非常に意欲的かつ熱心で、素晴らしい活躍をしてくれました」と佐鳥さんは語る。

佐鳥さんは東京大学大学院から宇宙科学研究所(現・宇宙航空研究開発機構)に入り、惑星探査機「はやぶさ」のイオンエンジン開発などに従事。約10年の宇宙研時代に、MPDアークジェットの世界的権威でSFUプロジェクトの最高責任者だった栗木恭一博士、宇宙研所長を務めた秋葉鐐二郎博士という日本の宇宙開発の著名研究者2人の指導を受け、宇宙開発の実際をつぶさに学んだ。その知識や経験がHIT-SATに注ぎ込まれている。

産学連携の三位一体が重要

「HIT-SATの意義は、まず打ち上げたこと。通常、宇宙開発には10年かかりますが、それでは民主導による宇宙産業の創造は覚束ない。超小型衛星でもいいから短期間に開発し、打ち上げることによって経験知を増やせるわけです」

またHIT-SATは、衛星開発を大学発ベンチャーの北海道衛星、市場創造をエバ・ジャパン、宇宙産業を創るための理念形成や啓蒙活動をNPO法人の宇宙空間産業研究会といったように分担しているが、これが重要だと佐鳥さんは指摘する。つまり、目指しているのは実用衛星なので製造責任が伴う。それを北海道衛星が負う。事業化を目指すからには営業活動が不可欠で、それをエバ・ジャパンなどの企業が担う。しかし大前提となる宇宙産業や宇宙ビジネスの考え方は一般的ではない啓蒙活動が必要で、それはNPO法人が適している。

「ただし、これらがバラバラでは駄目で、三位一体で一つの組織となるようにしないといけない。北海道衛星を中核とした産学連携組織、エバ・ジャパンを中核とする企業集団、NPO法人などの啓蒙活動組織が補完する形で展開することによって効果が出るのです」
佐鳥さんは現在、道工大助教授のほか、北海道衛星の社長、NPO法人宇宙空間産業研究会理事長も兼務するが、これが三位一体に役立っている。

HIT-SATの分解図

HIT-SATの分解図

衛星の開発技術の応用が野菜鮮度測定器に

そして三位一体の効果は、今後打ち上げる衛星に搭載するために開発された「ハイパースペクトルカメラ」の技術を応用したスピンオフ事業として「鮮度アシスト」と呼ぶ鮮度センサーの開発へと広がる。鮮度アシストは野菜の鮮度を、ワンタッチで測定できるすぐれものだ。2006年12月から量産を開始し、既に全国のコンビニや鮮度保持フィルムのメーカーなどに100台以上を販売している。

「宇宙開発のスピンオフ事業としてプロダクトの紹介はされますが、実際に売れているものはありません。その意味で「鮮度アシスト」は日本初。2007年夏にはアメリカでも販売します。HIT-SATもそうですが、実はこの「鮮度アシスト」にもアールエスコンポーネンツの部品を相当数使っています。すぐ必要なことがほとんどなので、対応の速いのが助かる。Webも使いやすく、重宝しています」

スピンオフ事業ではこのほか、2007年内に2つの製品を開発し販売する計画。一つは鮮度アシストのセンサー部分だけをモジュール化したもの、もう一つは生花の鮮度を店頭で簡単に検査できる小型で安価な鮮度測定器である。

「宇宙開発に関する業界の常識を変えていくことから始めたい。例えば衛星のコストがなぜ高いかというと、量産になっていないから。スピンオフ事業がやっと立ち上がってきましたので、これからは自己資金での開発フェーズに移っていきたいですね」

2009年には、宇宙からハイビジョンカメラで地球を撮影した動画を配信する実用衛星「大樹」を打ち上げる計画。いよいよ、民主導による宇宙ビジネスの幕が開くことになる。

「鮮度アシスト」(販売:エバ・ジャパン)

「鮮度アシスト」(販売:エバ・ジャパン)